大判例

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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)417号 決定

1 被相続人永島卯平(以下「卯平」という。)は昭和五六年一〇月一四日死亡し、妻永島ヨシ、長女宮岡壽美江、二女岡田貞子、三女木村順子、養子である抗告人及び永島良子(抗告人の妻)の六名が相続人となり、抗告人が喪主となって亡卯平の葬儀を執り行い、相続人全員が右葬儀に参列した。

2 卯平は、足利市田中町一八六番地の自宅で妻ヨシと同居し、昭和四一年頃から火災保険会社の代理店を営んでいた。抗告人は、卯平の住所から約三〇〇メートルの至近距離にある同市同町三一七番地に居住していたが、同人と折り合いが悪かったため同人方を訪ねることは殆んどなく、路上で挨拶を交わす程度であり、抗告人の妻良子は一か月に少なくとも一回は卯平方を訪ねていた。

3 卯平は、自宅の建物(建坪一・二階合計約二〇坪)及びその敷地(地積約一五〇坪)を所有していたが、右土地建物を三女木村順子に生前贈与していたため、死亡当時は他にめぼしい積極財産はなかった。抗告人は、右生前贈与のあったことを知らず右土地建物は卯平の相続財産に属するものと考えていたが、これを自己が相続により取得することは念頭になく、他に卯平に積極及び消極の財産がないものと信じ、その後同人の相続財産について何らの調査をしなかった。なお、右土地建物には現在卯平から生前贈与を受けた木村順子が居住している。

4 抗告人は、その後三年四か月余が経過した昭和六〇年二月下旬になって栃木県信用保証協会の係員から足利市役所水道庁舎において妻良子及び木村順子とともに、同協会が卯平の二女岡田貞子の夫岡田晴夫(昭和五九年頃死亡)及び有限会社弥生建設(代表取締役斉藤日出夫)に対して有している金三五三八万円余の求償金債権について卯平が連帯保証しており、同人が死亡したので抗告人その他の相続人に対し法定相続分に応じた金員を請求する旨の説明を受けた。抗告人は、卯平及び主債務者である岡田晴夫からその生前本件保証債務の存在を知らされていなかったので、岡田貞子及び斉藤日出夫に対し電話で卯平の本件保証債務の存否について問い合わせたが判然としなかった。しかし、抗告人はその存否につきそれ以上格別の調査をしなかった。

5 栃木県信用保証協会は、昭和六〇年三月三〇日宇都宮地方裁判所に抗告人その他の卯平の相続人に対し右求償金の支払いを求める訴訟を提起し、抗告人は同年四月六日同裁判所から右訴状副本の送達を受けた。抗告人は、その後右訴について梅澤錦治弁護士に訴訟委任をして応訴したが、卯平の相続財産の有無、状況については特段の調査をせず、その調査のために相続の承認又は放棄の期間伸長の申立てもしなかったところ、昭和六一年五月一三日に至って宇都宮家庭裁判所足利支部に本件相続放棄の申述をした。

右認定の事実によれば、抗告人は、卯平の死後その相続すべき積極財産については他の共同相続人と連絡をとるなどしてその有無、状況並びに抗告人において相続できるものであるかどうかを容易に調査することができたものといえるが、消極財産については卯平の本件保証債務は第三者間の求償金債務についてのものであり、かつ抗告人は卯平からその生前右債務の存在を知らされていなかったこと、同人と抗告人は平素疎遠な状態にあったことなど諸般の事情からみて、昭和六〇年二月下旬栃木県信用保証協会の係員から卯平に対する本件保証債務の存在について説明を受けるまで、あるいは同年四月六日本件訴状副本の送達を受けるまではその存在を調査しこれを認識することが著しく困難であって、抗告人において消極財産(相続債務)が存在しないと信ずるについて相当な理由があったと認められるから、民法九一五条一項本文に規定する三か月の熟慮期間は、遅くとも抗告人が本件訴状副本の送達により本件保証債務の存在を認識しうべかりし時であった昭和六〇年四月六日から起算すべきものと解するのが相当である。

しかしながら、抗告人の本件相続放棄の申述は、右熟慮期間を徒過した後の昭和六一年五月一三日になされたものであるから不適法であり却下を免れないといわなければならない。

抗告人は、本件保証債務は卯平の死後四年が経過したのちに栃木県信用保証協会からその存在を主張されたものであり、その有無の発見は困難であり、特に本件においては訴訟にまで発展し抗告人においてその存在を争っているのであるから、訴訟の開始をもって直ちに抗告人が相続債務の存在を知ったと解することはできず、少なくとも第一審判決が債務の存在を確定した時点をもって相続債務の存在を知りえた時期と解すべきであると主張するけれども、さきに判示したとおり、卯平が栃木県信用保証協会に負担する本件保証債務は、卯平と同協会との間に締結されたもので、通常その契約の第三者である抗告人にとって知るところがなかったが、抗告人において栃木県信用保証協会の係員から本件保証債務の存在について説明を受けてから本件訴状副本の送達を受けるまでの間に抗告人は自ら調査することにより被相続人卯平の積極及び消極の相続財産の有無、状況等を認識し又は認識することができる状態になったものというべきであり、抗告人において同協会の訴訟による請求に対し抗争したからといって、亡卯平が本件保証債務を負担しなかった確証をかまえて争ったことを認めるに足る資料はなく、卯平において本件保証債務を負担した事実を知らなかったために争ったものにすぎないものと認められ、卯平の負担する債務につき訴訟上その存否を確定しなければ自己のために相続の開始があったものとすることができないものとするのは相当でないと解すべきであるから、抗告人が右訴状副本の送達を受けた時点をとって熟慮期間の起算点とするのが相当であり(なお、抗告人は相続の承認又は放棄をする前に相続財産の調査をするために必要があれば家庭裁判所に熟慮期間の伸長の申立てができるのにこれをしなかったことは前認定のとおりである。)、抗告人の主張は採用できない。

(舘 牧山 小野)

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